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岩室温泉 高志の宿・高島屋 女将 高島和子
新潟大学歯学部脇の名物・桜並木を見上げると、 あの花びらのあでやかさが去って、 新緑の初々しさを色鮮やかに見せていた。
すぐそばに新潟大学のレストラン・有壬会館がある。 久しぶりに出かけた二人の娘と昼食に入ろうとしたら、ヤケに嫌がった。 ちょうど二年前のきょう、私が脳溢血で倒れ、そ の日の昼に「ここで食事をしたのだ」と言う。 私には、どう手繰り寄せようとも、 全く、その記憶がないのである。
そういえば、あのころ、 東伊豆町で開かれたホスピタリティカレッジで、 立教大学観光 学科の前田勇教授らといっしょに、私は 「岩室温泉・高島屋の取り組み」 と題した講演を 二時間もやったり、その翌日、曹洞宗の最乗寺に出かけ、 急な石段を奥の院まで登って、 十一面観音を拝んできたなど、東奔西走していたのだった。疲れが出て、東京駅でフットマッサージにかかった記憶はある。
なのに、肝心の倒れた日の二週間ほど前からの記憶がストンと私の頭から抜けているのである。
どうしても思い出したい記憶なのに、どうしても思い出せないいらただしさ….でも、ふ と思い直してみる。 私の体がどうしようもない体験の重さを何処かに降ろしてくれたに違いないのだ。 そう考えると、 少し気が楽になった。 私も生身の人間である。 あまりにも悲しすぎる重 さ、と言ったらいいのだろうか、、 その重さを体から降ろした後で、それ以後の生活の重さを今、少しずつ又、増やしているのである。 この重さをいい形で、これからの自分が背負っていこうと覚悟する。それによって、 何とか自分なりの<道>を見つけていきたい思う。
最近、野の道を歩いていて、 可憐に咲く草花がつくづくいとおしいと思う。
小さな幸せの中に、 大きなものを掴んでいきたいと思う、このごろである。
待ちかねた春の訪れを真っ先に教えてくれるのは我が家の池の端、 躑燭の根元 に咲くイチゲです。
むたいていは3月10日 前後、うつ向いて咲いている白い清楚な 花のーむらを、誰より先に見つけるのは 私。
小学校に入学する前から、遊びま わっていた裏山の“山の川” と呼んだ流 れの渕に、 沢山咲いていたこの花を見つ けた時のよろこび。 小鳥が運んでくれた 贈り物だと信じています。 イチゲの次に 咲くのは雪割草とカタクリ。 さあ、 かね てから用意の立札を立てます。 「小さな 花が咲きました。 足元にご用心」と。 雪国に育った者は皆、春は一挙に来な いことを知っています。
ほんの少し兆し を見せておいて喜ばせ、 「まぁだだよ」 と でも言うように後戻りをして見せる。
こんどこそ本当と思わせて、また、意地悪 く落胆させ、越後の空はいつも気を持た せます。
良寛様も同じ思いでおられたのでしょ うか。